2009.05.08(金)
我慢の時・その3
いろんなことがあり、ブログを書く気もなく、見る気もなく
2ヶ月以上が過ぎ、ゴールデンウイークも終わり
ようやく元気になってきました。
時間とともに少しずつ元気を取り戻したというより
つい先日、ある人に言われた言葉で一気に取り戻した感じです。
たぶん、もう立ち直れる時期に来ていた時に
その人の言葉が胸に響いたのだと思います。
大雑把に言うと、20年以上積み上げてきた
形のないものが心の中で
いくつかの出来事によって(一つの事件じゃないところがまたややこしかった)
根っこの部分ががっっっぱりと壊れてしまった。
全体が崩れそうで崩れない。
もう何もかも崩してしまってスッキリしたいと思ったり
しくしく泣きながら根底から作り直したいという未練もあったり
日々、気持ちが揺れ動いていたのが3月。
少しは冷静に考えられるようになって
信じすぎて、何でも隠さず、許されるのがあたりまえだと思ってきた
今までの自分を反省してみたり・・・
同時に仕事も大事な時なのだから、しっかりしなきゃ!
こんなことでグズグズ立ち止まってはいられない!って
過ぎたことよりこれからのことを考えようと
前進姿勢になったのが4月。
そして、楽しいはずのゴールデンウイーク。
東京から妹が帰って来て、父の病院へ行く回数が増え
実家へ帰る回数が増え、友達とお茶飲んでグチる回数が増え
そして、叔母の死が重なり・・・
仕事以外の時間はバタバタとそんな感じで終わってしまいました。
そして、ふと自分の気持ちはどんな?って問いただしてみたら
4月と変わっていない。。。
20年以上の流れの中の信頼が崩れ去り
たったの2ヶ月ではとうてい修復できないダメージだったんだと再認識。
そこで、またいつもの友人にグチっていて言われたのです。
まずは「沈黙すべき」
そして「謙虚であれ」「感謝を忘れるべからず」
もしかして、私もこれから新しい職場に移るかもしれない。
そこにも上司や同僚がきっといるはず。
年上の人、年下の人、先輩、後輩、いろいろ・・・
絶対に自分が正しくても、どんなに正しくても言ってはいけない相手がある。
反論やいい訳もあるけれど、言ってはいけない時がある。
そうだ、そうだった。
以前、悩んでいる時(3月)口癖だった。
「私は一生懸命仕事をしてきた。それが裏切られるとは何事だ?
一生懸命してきたことがバカバカしい」
本気でそう思っていたし、本気で声を大にしてそう言ってきた。
間違ってる、と今は思う。
仕事は一生懸命してきた。(私は性格的にどの仕事でもそうだと思う)
でも、今の会社があるからこそ、この仕事ができたんだし
ある程度のことを任せてもらったんだし
たまたま私という人間が何かの縁でここにいただけで
「会社」は私がいなくても機能するわけで・・・
何も私にしかできない仕事じゃないわけで
だけど、会社抜きで私だけじゃ仕事として機能するわけもなく
すべて、「会社」あっての「私の仕事」なわけで・・・
その中で20年もの間、いろいろな経験をさせてもらい、教えてもらった。
そのことには感謝すべきだと、今さら気がついた。
20年積み上げたものが崩れるかもしれない。
怒りや恨みや妬みが消えて(薄れて)しまった今だから
言えること、気がつくことかもしれないけど
たとえ崩れても、感謝すべきことは山ほどある。
いやなこと、悲しいこと、辛いことよりも
楽しかったことの方がずーーーーっと多い仕事だったから。
「恨んで過ごすより、感謝して過ごす毎日の方が幸せだよ」
って、その友人はしみじみと言った。
できのいい50歳だな~。私と違って・・・
そういえば、このゴールデンウイークに亡くなった叔母が
まだ意識があった最後の頃
「楽しかった。ありがとう。」ってうわ言のように言ってたって。
若い頃、乳がんでもう命はないと言われながら78歳まで生きた。
連れ合いもまだ若くして胃がんで逝ってしまい
本人はここ数年、心臓を患い入退院を繰り返していた。
けれど、娘夫婦と孫に囲まれ、きっと幸せな人生だったんだよね
ってみんなが言ってた。
私も最後は「楽しかった。ありがとう」って言いたい。思いたい。
わかっていても、ついつい強いこと言ってしまう私だから
しばらくは「我慢の時」「沈黙の時」を守ろうと思う。
心が強いのはいいけど、言葉が強いのはよくないよね。
もうお願いだから、これ以上
私の身の上に災難が降りかかりませんように
祈るばかりです。
では、これからサリーを実家に預け、県外出張に行ってきま~す!
2ヶ月以上が過ぎ、ゴールデンウイークも終わり
ようやく元気になってきました。
時間とともに少しずつ元気を取り戻したというより
つい先日、ある人に言われた言葉で一気に取り戻した感じです。
たぶん、もう立ち直れる時期に来ていた時に
その人の言葉が胸に響いたのだと思います。
大雑把に言うと、20年以上積み上げてきた
形のないものが心の中で
いくつかの出来事によって(一つの事件じゃないところがまたややこしかった)
根っこの部分ががっっっぱりと壊れてしまった。
全体が崩れそうで崩れない。
もう何もかも崩してしまってスッキリしたいと思ったり
しくしく泣きながら根底から作り直したいという未練もあったり
日々、気持ちが揺れ動いていたのが3月。
少しは冷静に考えられるようになって
信じすぎて、何でも隠さず、許されるのがあたりまえだと思ってきた
今までの自分を反省してみたり・・・
同時に仕事も大事な時なのだから、しっかりしなきゃ!
こんなことでグズグズ立ち止まってはいられない!って
過ぎたことよりこれからのことを考えようと
前進姿勢になったのが4月。
そして、楽しいはずのゴールデンウイーク。
東京から妹が帰って来て、父の病院へ行く回数が増え
実家へ帰る回数が増え、友達とお茶飲んでグチる回数が増え
そして、叔母の死が重なり・・・
仕事以外の時間はバタバタとそんな感じで終わってしまいました。
そして、ふと自分の気持ちはどんな?って問いただしてみたら
4月と変わっていない。。。
20年以上の流れの中の信頼が崩れ去り
たったの2ヶ月ではとうてい修復できないダメージだったんだと再認識。
そこで、またいつもの友人にグチっていて言われたのです。
まずは「沈黙すべき」
そして「謙虚であれ」「感謝を忘れるべからず」
もしかして、私もこれから新しい職場に移るかもしれない。
そこにも上司や同僚がきっといるはず。
年上の人、年下の人、先輩、後輩、いろいろ・・・
絶対に自分が正しくても、どんなに正しくても言ってはいけない相手がある。
反論やいい訳もあるけれど、言ってはいけない時がある。
そうだ、そうだった。
以前、悩んでいる時(3月)口癖だった。
「私は一生懸命仕事をしてきた。それが裏切られるとは何事だ?
一生懸命してきたことがバカバカしい」
本気でそう思っていたし、本気で声を大にしてそう言ってきた。
間違ってる、と今は思う。
仕事は一生懸命してきた。(私は性格的にどの仕事でもそうだと思う)
でも、今の会社があるからこそ、この仕事ができたんだし
ある程度のことを任せてもらったんだし
たまたま私という人間が何かの縁でここにいただけで
「会社」は私がいなくても機能するわけで・・・
何も私にしかできない仕事じゃないわけで
だけど、会社抜きで私だけじゃ仕事として機能するわけもなく
すべて、「会社」あっての「私の仕事」なわけで・・・
その中で20年もの間、いろいろな経験をさせてもらい、教えてもらった。
そのことには感謝すべきだと、今さら気がついた。
20年積み上げたものが崩れるかもしれない。
怒りや恨みや妬みが消えて(薄れて)しまった今だから
言えること、気がつくことかもしれないけど
たとえ崩れても、感謝すべきことは山ほどある。
いやなこと、悲しいこと、辛いことよりも
楽しかったことの方がずーーーーっと多い仕事だったから。
「恨んで過ごすより、感謝して過ごす毎日の方が幸せだよ」
って、その友人はしみじみと言った。
できのいい50歳だな~。私と違って・・・
そういえば、このゴールデンウイークに亡くなった叔母が
まだ意識があった最後の頃
「楽しかった。ありがとう。」ってうわ言のように言ってたって。
若い頃、乳がんでもう命はないと言われながら78歳まで生きた。
連れ合いもまだ若くして胃がんで逝ってしまい
本人はここ数年、心臓を患い入退院を繰り返していた。
けれど、娘夫婦と孫に囲まれ、きっと幸せな人生だったんだよね
ってみんなが言ってた。
私も最後は「楽しかった。ありがとう」って言いたい。思いたい。
わかっていても、ついつい強いこと言ってしまう私だから
しばらくは「我慢の時」「沈黙の時」を守ろうと思う。
心が強いのはいいけど、言葉が強いのはよくないよね。
もうお願いだから、これ以上
私の身の上に災難が降りかかりませんように
祈るばかりです。
では、これからサリーを実家に預け、県外出張に行ってきま~す!
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